ヤスジのかるい思い出話(ヤスカル話) HOME
第一話 東京の人って冷たかねー ヤスカル話目次

第二回へジャンプ (01/06/11UP)
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第一回 (2001.06.08 UP)

正確な日付は覚えていない。1990年代前半の夏のことだ。その頃ぼくは世田谷区の千歳烏山という私鉄の駅がある町で1K風呂付きのアパートに住んでいた。2階建て10世帯入居の小ぎれいなアパートでぼくの部屋はその2階の角部屋だった。

 アルバイトはいつも昼過ぎには終わるようなとても恵まれた仕事だったので、夕方近くになって部屋にいる時にはたいがい昼寝をしていた。クーラーなんてものは持っていなかったから、いつもベランダは開けっ放しで網戸だけを閉めて心地よい風を感じながらスヤスヤと眠った。

その日もいつものように心地よく眠っていたのだが、ふとみしみし、みしみしと誰かがベランダを歩く音に気が付いたのである。あれ、隣の部屋のお姉ちゃんが洗濯でもしてんのかな。それにしてはちょっと足音が近いぞ、と思った瞬間だった。ガラガラガラガラガラ。突然開けている側とは反対側に寄せたサッシ戸が開けられたのだ。「だれ!」びっくりして叫んだがとっさのことで半分裏返ったような甲高くかぼそい声だった。どろぼうだ!頭の中でひらめいたと同時にぼくははね起きていた。

それにしてもそれ以上に驚いたのはその泥棒だったろう。空き巣ねらいでベランダを登ってきて、まさか部屋の中に人がいるとは思っていなかったようだ。だだだっと逃げる音がする。すぐさまベランダへ出てみるとあまりにもあわてた泥棒はベランダの途中から転落したらしく、下の植え込みの中でひっくり返された亀のように仰向けでひっくり返っている。泥棒も気が動転しているらしく、目玉ばかりをきょろきょろさせてしばらくそのままの態勢で動かない。

ベランダの上からひっくり返った泥棒と目が合った。ぼくはどうすることもできずとりあえず叫んだ。「たすけてー。ドロボー。だれかー」しかしこれも甲高くひっくり返ったような声だった。その声で我にかえった泥棒は思い出したように急いで立ち上がりあたふたと逃げていってしまった。「ドロボー。たすけてー。だれかー」その後ろ姿をあいかわらず甲高い声だけが空しく追いかけていた。
(つづく)

さあ、このあとすぐに泥棒と遭遇したヤスジ。どうするヤスジ!
次回にご期待ください!!




第二回 (2001.06.11 UP)

すぐさま玄関を飛び出して追いかければよかったのだが、真夏の昼寝だったゆえにパンツ一丁姿のぼくにはそれもできず、まだ興奮冷めやらずといったふうに、まるで檻のなかのクマかゴリラのようにただグルグルと狭い部屋の中を動き回った。

2、3分たった頃ようやく少し落ち着きを取り戻したぼくは、さてどうしたものかと考えることができるようになった。泥棒が侵入しようとしたとはいえ別に何か盗られたわけでもないし、もうとっくに逃げてしまったものをいまさら警察に届けてもしょうがないだろう。うーん、よし、とりあえず大家さんには報告しとくか。そう思い至ったぼくは脱ぎ捨ててあったパンキッシュなTシャツと綿の薄いズボンを身につけ、履き潰したようなスニーカーを履いて、庭を挟んでちょうど裏手に住む大家さんのところへと向かった。

ここの大家さんは造園業を営んでおり、そのため敷地内には手入れされた広い庭を持っている。その敷地にぼくが住むアパートのほか、もう一棟ファミリー向けのアパートを建てていて、大家さん自身もそのファミリー向けアパートの1階に住んでいるのだ。その庭というのがちょうどぼくの部屋のベランダ側にあって、泥棒にしてみれば人目につかず侵入するのには好都合だったのだろう。

さて、大家さんのところへ行こうと、ぼくはアパートの階段を下りて庭の入口に面した道路へ出た。そのときだ。年のころなら四十前後と思われるパンチパーマの男が全身汗まみれになってその庭からちょうど道路へ出てきたのである。

あれ?こいつじゃないかな?

さっき逃げられてからすでに少なくとも5分は経過している。しかも一瞬の出来事だったので人相もしっかりとは覚えていなかった。かなりあやしいとは思ったものの、反射的にこいつめとひっ捕らえるには躊躇があった。時間にすればほんの2、3秒だったろう、お互いに見つめあったままで固まってしまっていた。すると
「あっちあっち、あっちへ逃げたぞ。どろぼうはあっちだあっち」
とパンチ男が言い始めたのである。

こいつに間違いない。こっちが何も言ってないのになんでそんなことを知ってんだ。その瞬間ぼくの頭の中のコンピュータが高速で計算を始めた。
 こいつを捕まえるにはどうしたらいいだろう。見た目はパンチで恐そうだぞ。腕力では互角か?でも痛い目にはあいたくないぞ。そうだ、こいつはとぼけたことを言ってんだから、こっちもだまされたふりをしてとぼけよう。

「あっちあっち、あっちへ逃げたぞ。どろぼうはあっちだあっち」
「あ、そうですか。じゃあちょっと一緒に大家さんとこへ行って詳しく説明してください」
「いや、あっちだあっち。はやくおっかけねぇとにげちまうぞ!」
「じゃ、はやくはやく。大家さんちすぐそこだから!!」

そう言って、パンチ男の腕をつかんで無理やり引っぱっていこうとした。こうなると、もうとぼけ合いは通用しない。男もおとなしくついて来るはずがない。腕を振りほどいて必死で逃げようとする。
「待てこら。おう、逃げんなこの野郎!」
ここにきてはじめて男らしいセリフが出た。今度は声も裏返っていない。必死で逃げようとするパンチ男。ぼくはそれを逃がすものかと懸命に取り押さえようとする。道路の真ん中でもみ合いになった。2、3人の通行人が遠巻きに眺めている。通りかかった車も通行できずに止まってしまっている。

「だれか!110番して下さい!!こいつ泥棒です!」
「はやく!だれか!ドロボー!!」
(つづく)


illustration by dawara

格闘になったヤスジとパンチ男。ヤスジのTシャツはもうズタズタだ!
はたして警察は駆けつけてくれるのか?
次回を手に汗して待て!!



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第三回 (2001.06.21 UP)

ぼくもパンチ男もお互いに警戒しあっていて、とっくみ合いになってはいるが、どちらも手は出せないでいる。しばらくもみ合っているうちに、どうにかパンチ男をうしろから羽交い絞めにすることができた。

「だれか!110番して下さい!!こいつ泥棒です!」
「はやく!だれか!ドロボー!!」

ふたりのとっくみ合いのために通行できずに止まってしまっている車もあるのだが、ドライバーは車中から眺めているだけで何の行動も起こしてくれない。遠巻きに見ているおばさん達も不安げな顔をして眺めているだけだ。その当時は携帯電話なんて持っている人はいなかったから尚更だったろう。それにしてもすぐ脇の交差点には緑色の公衆電話があるのだ。

「はやく!こいつ泥棒なんです!110番してください!!」
誰もが知らん顔だ。
東京の人って冷たかねー。
なぜか博多弁が頭の中でこだました。 それと同時にだんだんイライラしてきた。
「誰か早く110番しろよ!」「はやく!逃げちまうだろ!!」

こんな口をきいていたのではますます誰も相手にしてくれない。その間もパンチ男は激しく体をよじらせて何とか逃れようとしている。そのうちにずるがしこいパンチ男は逆に叫び始めたのだ。

「誰か助けて!こいつがどろぼうなんだ!!」
「なにっ。おまえがどろぼうだろ!」
「おまえがどろぼうだ!誰か助けて!」
「ふざけんなこら!」

こうなると見ているほうもどっちがどっちだかわけがわからない。そのうえ見た目も、一方はパンチ男で、もう片一方もちょっと危なげなパンク男なのだ。こんなやつらにかかわりあいたくないという気持ちもわからないでもない。

そうこうしているうちに羽交い絞めも振りほどかれてしまって、パンチ男は一目散に逃げ始めた。「待てこら!」すかさず追いかけると5メートルくらいの間隔を置いてパンチ男が振り返り、
「おう、来るならこいよ」そう言って身構えるのだ。「おうよ」ダッと向かっていこうとするとまたぱっと逃げて、あいかわらず5メートルの間隔を保ちながら「来い来い!追いかけて来いよ」
そう言ってどこかへ誘導しようとしているかのような動きをする。

むむ、これは危ないかもしれないぞ。ほかに仲間でもいたら厄介だな。そう思って躊躇しているとパンチ男は、ざまあみやがれといったような表情を浮かべて走り去ってしまった。

すぐに引き返し緑の公衆電話の緊急ボタンを押した。 ルゥゥゥゥゥゥゥゥ。
「はい、どうしました?」
受話器の向こうで頼もしい警官の声がする。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
激しい格闘のすぐ後でまだ呼吸が整わない。
「どうしました?落ち着いて話してください」
「どど、どどどどどす。はぁはぁ」
泥棒です。と、いいたかったのだが動悸と息切れと興奮のため言葉にならない。
「どうしました!落ち着いてください!」
受話器の向うからは緊急事態発生の予感に色めきだっている様子が伝わってくる。
「落ち着いてゆっくり話してください」
「どど、ごうとう、強盗です。はぁはぁ。今捕まえたんですけど、逃げられて、はぁはぁ」
泥棒というところを強盗といってしまったが、どちらもたいした違いはないだろうと思った。しかし警察にしてみれば泥棒と強盗とでは緊急度合いが違うようだった。
「はい、そこはどこですか。電話BOXの上に書いてありますから読んでください」
「せたがやくかみそしがや・・・・・」
「どっちに逃げましたか」
「えのえのえのき、えのき、榎の交差点の方です」
「すぐパトカーが向かいますからそこで待っていてください」

 ファンファンファンファン
 ファンファンファンファン

5分もしないうちにぞくぞくとパトカーが集まってきてあたりは騒然となった。犯人との格闘で、もともとやぶれ気味だったぼくのパンキッシュなTシャツはさらにパンキッシュになっていて、事件の当事者ということをよく示していた。数を増やした野次馬はぼくのことを、こいつは犯人なのか被害者なのかどっちだ?という興味深そうな目で見ていた。
(つづく)

さあ、いよいよお話は結末へ。
大家さんの口から聞かされた意外な言葉とは。
驚きの大どんでん返しはあるのか!(←ないよ)


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第四回 (2001.08.15 UP)

「あんたが被害者?」
中年の刑事が声をかけてきた。ボロボロに破れたTシャツ姿のぼくを見ればすぐに事件の当事者だとわかる。その破れたTシャツを見ながら
「これは野郎にやられたのかい。 あ、もともとこういうやつなのかな?」
と、本気とも冗談ともとれることを言っている。
「まあ初めから少しは破れてましたけど、ごにょごにょごにょ・・・」
犯人にやられたことを強調したかったのだが、たしかに初めから破れ気味だったのでごにょごにょとはっきりしない返事をしてしまった。

「野郎はなんか手に持ってたかい?刃物とかそういうの」
そうか、110番したときに『強盗です』なんて言ったものだからそんなことを聞いてくるのだな。やつはただの空き巣ねらいだろうから、そんなものは持っているはずがないのは明らかだった。しかし、持っていなかったというとやつの罪がどんどん軽くなっていくような気がして
「う〜ん、たしかその時は持っていなかった気がします。もしかしたらポケットとかに入ってたかも知れませんけど」
とあいまいな返事をした。刑事はそこまで聞くともう、ただの空き巣だなとわかった様子で、
「じゃあ現場見せてくれる?」
その言葉にうながされてぼくたちはアパートの部屋へと向かった。

部屋の中にはもうすでに鑑識の人や刑事らしき人もいて、どんどん捜査を進めているようだった。 それを尻目に、どういう状況でどこから犯人が入ってきてどうやって逃げたかをひと通り説明した。説明が終わったところで今度は少し年配の刑事が入ってきた。

「ごくろうさん」
おお、刑事ドラマみたいだな。のんきに感心しているとその年配の刑事が声をかけてきた。
「どういう状況だったかをちょっと話してくれる?」
おいおい、いま話し終わったところだぞと思いながらもしょうがなく『ここで昼寝をしててですね・・・、』とまた初めから説明した。
「野郎はなんか手に持ってたかい?包丁とか突きつけてこなかった?」
まただ。同じことばかり何度も言わすなよ。警察の事情聴取では何度も同じことを聞かれるという話を聞いたことがあるが、まさにこのことだなと少しあきれながらも生真面目に答えた。

そうこうするうちに次は少し若い刑事がやってきて、
「ご苦労様です。賊(ぞく)ですか?」
「いや、カタクカタク」
カタクとはどうやら家宅侵入のことらしい。強盗事件かと思って意気込んでいた刑事達も拍子抜けしているように見えた。あれほどたくさんいた警察官も、いつのまにかひとりの鑑識係と2、3人の刑事を残してみんないなくなっていた。

ひと段落して刑事達が帰っていくと入れ替わりで近所の交番から来たらしい制服警官が入ってきて申し訳なさそうに
「もう何度も聞かれたと思いますけど、調書を取りますのでもう一度初めから話ていただけますか」
もう何度でも話たるわい。半分投げやりな気持ちでまたイチからの説明だ。

ひと通りのことが終わって落ち着いたところで、そうだ大家さんにも報告しなくちゃなと思い、ぼくはまた大家さんの所へと向かった。

「まあ、この騒ぎは浅倉さんだったの」
「お騒がせしてスイマセン」
「ベランダからドロボーって叫べばよかったのに。そしたらお父さんに出てってもらったのにねえ」
お父さんってあの小柄なおじさんのことか・・・、と大家さんの旦那さんを思い浮かべながら
「いや、一応ドロボーって叫んでたんですけどねえ」
「あらそう?なんかお隣の奥さんは『たすけて〜』って女の人の悲鳴が聞こえたなんて言ってたわよ」

そうだ。
たしかに助けてとも言った。
それも興奮のあまり、裏返った甲高い声で・・・。

(了)


孤独な東京砂漠をたくましく生きぬくヤスジ。こうしてヤスジのひと夏の経験が終わった。次の日には刑事のお迎え付きで本署まで行き一日中前科者リストの写真を見せられたという。それらしい顔写真を5、6枚選び出したがどれもまったくの別人だったようだ。選び出された善良な前科者には大変な迷惑をかけてしまったことだろう。がんばれヤスジ、負けるなヤスジ。ヤスジの奮闘はまだまだ続く!

どうぞ、ヤスジのかるい思い出話第二話にご期待ください!!


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