ヤスジのかるい思い出話(ヤスカル話) HOME
第六話 お花見パーティーの夜は更けて ヤスカル話目次

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第一回 (2004.6.12UP)


花見に誘われたのはいつもとはちょっと違う方面からだった。その方面というのは、いわゆる横文字職業の人たちの集まりで、モデル、カメラマン、デザイナー、ディレクター、DJ・・・etc. およそぼくとは畑違いの人たちだ。そんな人たちの集まりになんでぼくなんかが誘われたのか、横文字職業の"ミュージシャン"だから?いや、確かにバンドはやっていたがそれを職業と呼べる位置にはいなかった。職業はフリーターだ。これも横文字ではあるが・・・。

ところで、当時はフリーターなんて言葉はなかった。タモリだったか誰だったか定かではないが、何かの番組で定職を持っていないアルバイトの人に「えーと、職業は?ああ、フリーのアルバイターの方ですね」と冗談を言っていたのを聞いたことがある。それがフリーターという言葉の始まりだったんじゃないかと思うが、あくまで推測ではある。

それはさておき、ぼくがその花見に誘われたのは、当時ぼくと一緒にバンドを組んでいたドラマーのKENちゃんがそっち方面とつながりを持っていたからだ。KENちゃんは186cmの長身と彫りの深い顔立ちを買われてモデルの仕事もしたことがあったらしい。その辺のつながりと社交的な性格とで彼は顔が広かった。

「ねえヤスジさん、今週の金曜日に花見があるんだけど来ない?イクちゃんとかマッキーとかも来るんだけど」

イクちゃんやマッキーがくるということはそっち方面の集まりだなとわかってあまり気が進まなかった。イクちゃんはKENちゃんの彼女 (KENちゃん自身は彼女ではないと言っていたが) で、展示会などのイベントコンパニオンをやっている子だ。マッキーはぼくたちのバンドのライブ写真もとってくれたことがあるカメラマンで、KENちゃんとの付き合いも長いらしい。彼らがぼくたちの世界に入ってくるのは全然問題ないのだが、ぼくが彼らの世界に入っていくと明らかに浮いてしまうのは目に見えていた。

「安藤さんもどう?」
「いや、悪いけど、オレ今度の金曜日仕事だから」

ぼくと一緒に誘われたベースの安藤(アンドちゃん)は即座に断わっていた。彼もフリーターだから仕事の調整はいくらでもつくはずなのだが、彼もそっちの世界では浮いてしまうことをよくわかっていたのだろう。賢明な選択だ。しかしぼくは断わらなかった。

「そう、じゃあ行こうかな」

内心はあまり行きたくなかったものの、その頃は何にでも積極的に飛び込んでいこうという気持ちがあった。それは意識的にそうしていた部分が大きくて、苦手な分野にも飛び込んでいって自分を開拓するんだという気負いがあった。自分自身の度胸試しでもあった。

このKENちゃんも最初はそうだったという。岩手から上京してきて、どちらかというと、そういう世界は苦手で尻込みするタイプだったらしいのだが、カメラマンのマッキーとの付き合いが始まってから無理矢理そういう場所に連れ出されるようになって、だんだんと度胸がついてきたという。そして社交的な性格は自分で努力してモノにしたんだとも言っていた。「ヤスジさんもどんどん自分から外へ出ていかなくちゃだめだよ」と "説教" されたことも気負いとなっていたのかもしれない。


花見当日の金曜日になった。

時間は夕方6時から、場所は原宿ホコ天通りに面した代々木公園の一角でやることになっていた。参加の条件としては参加費がひとり500円で、そのほかに必ずひとりワンドリンクを持参でくることとなっていた。酒はみんなで持ち寄って簡単なつまみは参加費の500円から幹事が用意しておいてくれるようだった。

夕方5時をまわった頃、ぼくは思いっきりめかしこんで烏山のアパートを出た。『気取った連中の集まりだからな、なめられないようにハッタリかましてやらなくちゃ』 そう思ったぼくは気合を入れた。

長さが2cmくらいの坊主頭にたっぷりとデッィプをつけてツンツンに逆立て、黒いスリムのジーンズに白で厚めの長袖Tシャツ。首からは東洋風な作りの魚のペンダントをぶら下げて、右手の人差し指にはキース・リチャーズを真似てドクロの指輪をはめた。黒い皮ジャンを着込んでから、かかとの磨り減った黒のウエスタンブーツをはいて、夜だというのに黒いサングラスをかけた。これがぼくのおめかしだった。悲しいかな、誰も止める人はいない。

部屋を出てから持参用の酒を買うために駅前のスーパーに寄った。何がいいかと考えた結果、やはりハッタリをかますには日本酒、それも一升瓶がいいだろうと思い、いろいろ目移りしたものの、よしこれだと選んだのは九州熊本の銘酒「美少年」だった。銘酒とは言ってもピンからキリまである。貧乏ロッカーのぼくとしては無理はできない。千円ちょっとの一番安い一般酒にしておいた。

ぼくは一升瓶用の細長い袋に「美少年」を入れてもらって、そいつをぶらぶらさせながら京王線の電車で原宿へと向かった。新宿から山手線に乗り換えて二つ目の原宿に着くと、改札を出たところで細長い袋の中から一升瓶を取り出して、袋は丸めてくずかごへ捨て、裸の一升瓶のくびの辺りをむんずとつかむとそのまま花見会場へと足を向けた。一升瓶一本を持って颯爽と登場するバンカラ風を演出していたのだ。そう、すべてはハッタリ。

会場に近づくと、ひときわ目立つ大きな身体のKENちゃんがイクちゃんたちと話をしているのが見えた。ほかに京子ちゃんと理美(リミ)ちゃんも一緒だ。京子ちゃんはモデルさんで鼻筋の通ったいかにもモデルらしい整った顔立ちの子、理美ちゃんはOLということだけれど詳しいことは知らない。なんでも英語がペラペラの帰国子女で、貿易関係の仕事をしているらしい。イクちゃん、京子ちゃん、理美ちゃんはいつも三人一緒で、ぼくたちのバンドのライブにもいつも三人できてくれていたから顔なじみだ。

ぼくに気が付いたKENちゃんが片手をあげて声をかけてくれた。
「やあ、ヤスジさん」
「よっ」
ぼくも軽く片手を挙げてあいさつを返す。

「わっはっは、さっすがヤスジさん!やるなー」
一升瓶片手に登場したぼくにKENちゃんはさっそく喜んでくれている。
よし、つかみはOKかなと思ってチラッと三人娘の方へ目を向けるとみんな一様にあきれた顔をしている。『ナニこの人、ちょっと場所間違えてんじゃないの?』と顔に書かれていた。気にしない気にしない、こんな小娘にロッカーの心意気がわかったたまるかい!ぼくは気を取り直して持ってきた酒を脇に置くと話の輪に加わった。

「ちょっと早かったかな?」
「いや、いいんじゃない?みんなだんだんと集まってくるよ」
もうじき6時になろうかという時間だが人はまだそんなに集まってはいない。所どころでいくつかのグループが立ち話をしていて、主催者と思われる数人の人たちが会場作りをしている真最中だった。

花見と言えば、ブルーのレジャーシートの上で、重箱に詰めた料理やら、雑に開封されたポテトチップスやサキイカなんかを広げたりしながら、シートの上にじかに置かれた今にも倒れそうな不安定な缶ビールをペコペコした紙コップに注ぎつつ、みんなで車座になってワイワイやるものと思っていたのだが、、、ここではちょっと様子が違うようだった。

貧乏臭いブルーシートなんてどこにもありゃあしない。会場の中央あたりには会議室にあるような細長いテーブルが二つくっつけて置いてあって、その上には大きな紙皿に盛られたスナック菓子やサラミ、チーズといったようなちょっと摘めるものが並べられていた。紙の取り皿や割り箸も整然とセッティングされている。

さらにその近くに用意されたもうひとつのテーブルにはみんなが持ち寄ったお酒やジュースが並べられていて、積上げられた紙コップを使って誰でも好きなものを自由に飲めるようになっていた。

そして頭上にはおしゃれな電球が桜の木をうまく利用してぶら下げられていて、外国のドラマで見たことのあるちょっとしたホームパーティーのようだった。目を会場の隅のほうへ向けるとその一角にはブラックライトで照らされたターンテーブルが用意されていて、DJが今夜のBGMをいそいそと準備しているところだった。

「なんか思ってたのと違うなあ・・」
ぼくは持参した一升瓶をドリンク用のテーブルの上にでんと置いて、花見の始まるのを漠然とした不安を抱きながら待っていたのだった。


始まりましたお花見パーティー。
やっぱり
浮きまくりのヤスジ君。果たしてその行く末は?
第2回をどうぞお楽しみに!



第2回 (2004.7.27UP)


辺りはだいぶ暗くなってきて準備は整った様子だった。

「それじゃあ、皆さん。ぼちぼち飲み始めちゃってください」
幹事らしき人が大きな声で呼びかけている。みんなで揃っての乾杯の音頭なんてものもないらしい。 出席者たちは酒の置いてあるテーブルに集まってきて思い思いに好みのものを注いでいる。ぼくもまずはビールだなと言うことで紙コップにビールを注いでからKENちゃん達の輪に戻って乾杯をして飲み始めた。

今日集まっている人たちの中には何人か顔見知りはいるものの、ほとんど口もきいた事のない人ばかりだった。気安く話しができるのはKENちゃんとこの三人娘くらい。三人娘にしてもKENちゃんがいてこそのつながりだからKENちゃん抜きでは話しは弾まないだろう。

ぼくはKENちゃんがいないことにはどうにも身動きが取れない状況に追い込まれていた。しかし彼はそんなぼくの気持ちなんて知る由もない。付き合いの広い彼は続々と集まってくる友人たちと気さくに話を弾ませている。ぼくはただ横でそれを聞いているだけだ。

「こちらヤスジさん。一緒にバンドやってんだ。それでこちらは蘭子さん。演劇やってて、振り付けとかやってんの」
KENちゃんはぼくに友達を紹介すると「やあ、久しぶりー」と言いながら別のグループの方へ行ってしまった。

「わー、行かないでー」
心の叫びはもちろん届かない。どうしたらいいんだこの状況を。やや動揺しながらもその動揺はおもてに出さないように蘭子さんに当り障りのない言葉をかける。

「やっぱ、夜になると寒いよね」
「・・・そうね、バンドじゃ何やってんですか」
「ギターとボーカル。三人バンドなんだ。KENちゃんがドラムでもうひとりベースのやつと。今度ライブあるから見にきてよ」
「へー、いつ?」
「来月の10日、すぐそこにルイードってライブハウスがあるんだけど、そこでね」
「ほんと、じゃあ行けたら行く」

話しは終わった。
そして、行けたら行くで来た人はいない。

気まずい沈黙が流れぼくはその間を埋めるためにコップのビールを一気にぐっとあおると
「ちょっとなんか飲み物とってくるわ。蘭子さんは?」
「わたしまだあるからいい」

ぼくはその場を離れドリンクのテーブルへ行くと、そこにはぼくの持参した美少年が手付かずの状態でそびえ立っていた。かすかに淋しさと空しさを感じながら、ぼくは「美少年」の栓を開けてコップになみなみと注ぎ、それに口をつけた。

じわっ。
冷えたお腹にアルコールが染み渡るのを感じる。

美少年の注がれたコップを片手にもとの場所に戻ってみると蘭子さんはほかの友達と楽しそうに話をしているところだ。とりあえず側に立って話を聞いている振りをしたがまるで入り込む余地もなければ相手にもされていない感じ。ぼくは美少年をあおりつづけるよりほかはなかった。

三人娘はと言えば、やはりそれぞれ親しい友達も多いようでほかの場所で楽しげにしている。KENちゃんも向こうのほうで盛り上がっている様子。DJが回すお皿(ターンテーブル)からはぼくにはよくわからないビートの利いたダンスミュージックが流れ続けていて、そこはまるでクラブの野外会場のようになっていた。

ドリンクテーブルの上のそびえ立つ孤高の「美少年」のように、ぼくはひとりぽつんととり残されていたのだった。


「美少年」をあおりつづける孤高のヤスジの記憶がぶっ飛ぶのはもはや時間の問題。気がついた時にはいったい・・・?
第3回をどうぞお楽しみに!



第3回 (04.08.15UP)


ぼくは初対面の人に対して気安く話しかけられるほど社交的じゃない。とりあえず知った顔の人を見つけると「どうも、こんばんは」と言いながら話の輪に加わろうとするものの、そこにはぼくの知らない世界が展開されていてとてもじゃないがついていけなかった。かと言って金魚のフンみたいにKENちゃんのケツにばかりくっついているのも情けないからそれなりにがんばっていた。なんでがんばってまでそこにいなくちゃいけないのか?とも思うが、その時はなぜかさっさと帰るという考えはまったく浮かばなかった。

退屈な時間は遅々として進まず、ぼくは杯を重ね続けるよりほかなかった。そのうちどんどん酔いも回ってきて自虐的なカラ元気だけがぼくを突き動かしていたようだ。右手には美少年の一升瓶をつかみ、左手にコップを持って一升瓶の手酌をしながらフラフラとあちこちに顔を突っ込んでいた。

「すごいすねえ、日本酒ですか」
誰かがお愛想に声をかけてくれる。
「どうスか、日本酒、いきます?」
と言いながら美少年をすすめると、
「あ、いや、日本酒はちょっと・・・」
話しはそれで終わる。

こちらでは三人娘のひとり、帰国子女の理美ちゃんが仕事関係の知り合いと思われる外国人のグループに混じって楽しそうにしているのが見えた。
「お、リミちゃん、お仕事の関係の人?」

ナンダコノイエローモンキーワ、イキナリワリコンデキヤガッテ!
ふたりの外国人の顔にそう書かれているのが酔ったぼくにもすぐにわかった。わかるとなおさら自虐的になって
「ドウスカ日本酒、ジャパニーズサーケー、プリーズ、オーケイ?」
ぼくが一升瓶を差し出すと今度は露骨に外国人の顔がゆがんでいた。
「今バーボン飲んでるから・・・」と理美ちゃんも顔を引きつらせながら無理矢理笑っている。
「おー、あいきゃんとすぴーくえんぐりっしゅ。バイバイ」
そそくさとその場を離れるしかなかったぼくを外国人はお得意の肩をすくめるポーズで見送っていた。

この頃になると、もう目の前の光景にはまるで現実味がなくなっていて、それはまるでどこか別の場所でテレビの映像を眺めているような、夜空の上から全体を見下ろしているような、そんな妙な感覚になっていた。かなりの酩酊状態だったのに違いない。ぼくはフラフラしながら会場の隅に置かれていた木製のベンチに腰をおろし、この夢のような光景を眺めながらそのまま眠り込んでしまったのだった。


・・・・・うー・・・寒い。
寒さで目が覚めた。

このベンチに腰掛けたことは覚えている。そのまま寝込んでしまったようだが、数時間前まではにぎやかな花見会場だったこの場所は、今はもう誰もいないがらんとした公園の一角に姿を戻していた。

「いってー、頭いてー」
一升瓶一本をひとりで空けてしまった代償は大きかった。強烈な頭痛だ。
ああ、もうみんな帰ったんだなあ。
公園のベンチにひとりとり残されたぼくはボロ雑巾のような酔いどれだ。

まいったねこりゃ、どうしよう、とりあえず移動するか。痛い頭を持て余しながら立ち上がろうとした時に皮ジャンの右の胸のあたりから腕にかけて汚れているのに気がついた。嘔吐物が付着していたのだ。そう、いわゆる寝ゲロをしてしまっていたのだ。 ひぇー、きったねー。寝ゲロしてたなんて、一歩間違えればあの世行きだったな。汚さよりも恐ろしさを感じながらGパンの後ろポケットからバンダナを取り出して、嘔吐物を拭きとってから立ち上がった。

もう当然電車も終わってるだろうな、どうしよう、タクシー?高くつくなあ。
うーん、KENちゃんの家にでも行ってみるか。

KENちゃんはここからすぐ近くに住んでいた。参宮橋と代々木八幡のちょうど中間ぐらいのところで、公園通りに面したオンボロの平屋を借りて住んでいた。うるさい通りに面した一軒家だから部屋でドラムを叩いても近所迷惑にならないというのがそこを借りている大きな理由だった。隣が大家さんで、その平屋は大家さんの家の離れだった。ドラムには消音パッドを取り付けてあって近所迷惑にはならないと言っていたが、おそらく大迷惑だったろう。その部屋にはちょくちょくメンバーが集まり、ギターとベースも鳴らして曲作りをしたりもしていた。大家さんは寛容な心の持ち主だったのだ。家賃はいくらだったか忘れたが、オンボロだからかなり安かったはずだ。

ぼくはKENちゃんの家へと向かって歩き始めた。ところでいったい今何時頃なんだろう?ぼくは時計を持っていなかったし、周りを見渡しても時計らしきものはない。歩いている人影もないし、タクシーが時折通り過ぎるだけだからかなり遅い時間には違いなかった。ぼくは今が何時かを知りたくてしょうがなかった。どうしたらいいかと痛い頭で考えてみたところひとつの方法を思いついた。そうだ、うちの留守電にメッセージを入れると時刻が記録されるからそれを聞けばいいんだ!そうだそうだとひとり納得してさっそく電話ボックスから自宅へ電話をかけた。

『ご用件はピーという音の後に・・・ピーー』
「もしもーし、ぼくですよ、ヤスジくんでーす。いってー頭いてー。じゃ。」

アホだ。
完全な酔っ払いだ。

とにかく、メッセージを吹き込んで電話を切った。これで吹き込んだメッセージの後には時刻が記録されているからそれをもう一度電話して聞き直せばいいわけだ。ぼくはすぐにまた自宅へ電話をかけプッシュボタンを押して留守電を聞く操作をした。

「ヨウケン、イッケン、アリマス、ピーー、、、、、もしもーし、ぼくですよ、ヤスジくんでーす。いってー頭いてー。じゃ。・・・・・ゴゼン、ニジ、ニジュップン、デス」

午前2時20分
こうして現時刻を知ることが出来たわけだが、やはり酔っ払いのすることだ。普通の思考力があればそんなややこしいことをしないで時刻案内の117番へ電話をかけていたはずだ。それ以前にそこまでして時刻を知ろうとはしなかったに違いない。

遅い時間に躊躇しつつ、とりあえずKENちゃんの家まで行ってみることにした。もしまだ起きていたら泊めてもらおう。でも寝ているようだったら悪いからそのまま帰ろう。そう思いながらKENちゃんの家の前まで来ると、当然のように電気は消えていて寝静まっている様子。しょうがない、帰ろう。タクシー拾うか。とりあえず歩けるところまで歩こう。

タクシー代が惜しいぼくは公園通りをとぼとぼと甲州街道へ向かって歩きつづけていた。何台かタクシーは追い越していったけれど、もう少しもう少しと歩きつづけているうちに甲州街道に出て初台の駅の辺りまで来ていた。ここから千歳烏山まではまだ10キロ近くある。電車に乗ればわずか15分ほどで料金も150円だが、タクシーを使えば深夜の3割増料金で3000円はかかるだろう。そんな無駄遣いは出来ない。

よし歩こう。酔った勢いも手伝って歩いて帰ることにした。2時間近くかかるだろうが構いはしなかった。歩いているうちに電車も動き始めるに違いないが、ボケーっと電車を待っているくらいなら歩いた方がいいやという気持ちだった。サクサク歩けば1時間ほどで歩けたかもしれない。しかしまだ酔っ払いの頭痛持ちはぶらぶらと急ぐこともなく歩きつづけていた。幡ケ谷、笹塚、代田橋・・・まだまだ先は長い。

ようやく烏山にたどり着いた頃にはもう夜が明けかけていて、夜空の下の方が紫色にぼやけていた。ああ、こんな光景は初めてだな、夜明けってこんななのか・・。頭上を見上げると空はまだ真っ黒で星も輝いているのに、空の下の方、つまり遠くの地面に近いところでは黒が溶け出したように紫色に滲んでいて、それは見る見るうちに上へと広がっていっていた。

   夜の終わりが近づいて、紫色が溶け出した。
   ビルの隙間は光り出し、星が下から消え始める。黒いエンジェル

こりゃいいぞ、これを歌にしよう。夜の終わりが近づいて、紫色が溶け出した、夜の終わりが近づいて・・・、ぼくはこのフレーズを忘れないように、初めてのお使いに行く時の子供のように何度も何度も口ずさみながら自宅へとたどり着いた。そしてそのフレーズを留守電の録音機能を使って電話機に録音してからすぐに布団へもぐりこんだのだった。


なんでもかんでも留守電に吹き込んでしまうぼくっていったい・・・
それはともかく、お話しはまだまだ続きます。
翌日のバンド練習に現われたKENちゃんの顔はバンソウコウだらけ!夕べの花見でいったい何があったというのか!?お話しはいよいよ完結へと向かいます。
次回、第六話最終回(予定)をどうぞお楽しみに!



第4回 -最終回- (05.06.10UP)


頭がガンガンする。脳味噌のかわりに鉛を詰め込まれたように頭は重く、ものを考えるのも煩わしかった。明け方に寝て目が覚めた時にはすっかり日が暮れていた。気持ちが悪いけれど腹は減る。酒を飲んだあとはどういうわけか無性にラーメンが食べたくなるは酒飲みならば誰もが知るところだ。

何か食べればこの気持ち悪さも少しは収まるだろうと思い、ぼくは買い置きのチャルメラの袋を開けて、もう何年も使いつづけている小さな雪平鍋でコトコトとラーメンをゆでて、げぇ気持ちわりーと言いながらズルズルとラーメンをすすっていた。そしてそのまま何をするでもなく、ぼーっとテレビを眺めたりしながら無駄な一日が過ぎていった。

翌日はなんとか、本調子ではないまでもかなり回復していて、昼間は商品陳列のアルバイトをして、夜はバンドの練習だった。いつも使っている下高井戸の練習スタジオにぼくは少し遅れて到着してBスタの扉を開けた。

「オハヨー」
「ウィース、オハヨ!」
「うう」

バンドマンの挨拶は昼でも夜でもいつでもオハヨウだ。いつも元気なKENちゃんはいつものとおり元気に挨拶を返し、相変わらず無口なベースのアンドちゃんは「うう」と唸り声のような挨拶を返す。いつもと変わらぬスタジオの風景、と思いきや、ふとKENちゃんの顔を見ると、なんと顔中バンソウコウだらけではないか。左のほっぺのあたりには大きめのシップらしきものが貼り付けてあって、まゆ毛の上とあごの辺りにもバンソウコウが貼ってある。左目は試合直後のボクサーのようにぼっこりと腫れ上がって紫色になっていた。

「あっれ?どうしたの?すごいね」
「あっはっは、いやーヤスジさん、あの花見のあと大変だったんだよ」

KENちゃんは腫れ上がった顔で、ちょっと困ったように、それでもなんだか愉快そうに言っている。アンドちゃんを見るとなんだかニヤニヤしている。すでに事の顛末を聞いているようだ。

「へえ、なんかあったんだ。何?ケンカ?」
「・・・うん、まあね。チーマーに絡まれちゃってさ」

その当時渋谷辺りでは、チーマーと呼ばれるいくつかの不良グループが幅を利かせていて、その中のひとつと何かあったらしい。

「そうなんだー、なに?オレが寝てるとき?」
「うん、ヤスジさん寝てるしさ、俺とマッキーと鎌田君の三人でヤスジさんどうしようかって言いながらしばらくダベってたんだよね。そんとき俺はそこにとまってたバイクのシートに寄っかかるようにして腰掛けてたんだけど、そのバイクがそいつらのでさ、なに人のバイクにケツのせてんだよなんて絡んできてさ」
「へー、そいつぁ災難だったね。もしかしてオレが寝てたせい?寝てなきゃすぐに帰ってたもんね」
「・・・ま、まあね、、、」

まるで人ごとのように話すぼくにKENちゃんはちょっと戸惑いながらもそのときの様子を話して聞かせてくれた。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

花見会場はすっかり片付いて参加者はみんな帰っていった。ついさっきまで華やかに賑わっていたのに、わずか数十分の時間が経過した今はどこにもその面影は感じられない。そこはただの寒々とした公園の一角に姿を戻していた。

そこに残っていたのはボロ雑巾のようになってベンチで眠りこけているヤスジと、その傍らでこのボロ雑巾を持て余している三人の男たちだけだった。ヤスジを花見に誘ったKENと、KENの友人で今回の花見の主催者マッキー、そしてマッキーの友人鎌田の三人だ。このままヤスジを置き去りにするわけにもいかないだろうと言うことで、三人はヤスジの様子を見ながらあれやこれやととりとめもない話を続けていたのだった。

KENはそばに停めてあったバイクのシートに軽く腰掛けるような格好で寄りかかり、ほかのふたりはKENと向かい合うように立っていた。身長186cmのKENにはそのシートの高さがちょうどいい具合だ。

しばらく話をしていると歩道橋の方から数人の若者たちが近づいてきて、その中のひとりがつかつかとKENの前まで進み出てくると、いかにも挑発的な鋭い目つきで啖呵を切った。

「よお、てめぇ、なに人のバイクに勝手にケツおろしてんだよ」
「あー、ごめんごめん。これ君のバイクなの?ごめんね」
「あ?なにキミとか言っての?なめんなよコラ!」
「いや、だからごめんって言ってんじゃん。君のバイクって知らなかったからさ」
「知らなかったからさじゃねーだろ。全然謝ってねーじゃん!土下座しろ土下座!」
「あ?なんでちょっとバイクに腰掛けたくらいで土下座しなくちゃいけないんだよ。ごめんって言ってんだからそれでいいじゃん」
「てめ、なめんな!」

そう言うと同時にハリーの右ストレートがKENの頬骨にヒットした。
「おまっ、なにすんだコノヤロ!」
今度はKENの左フックがハリーの顔面を捉えた。

こうなるともうとめられない。殴り合いの始まりだ。ハリーもわりと長身だったがKENとは10cm以上の身長差がある。なかなか根性が座っているのか、仲間の前で気が大きくなっていたのか。殴り合いが始まるとハリーの仲間たちはすぐに加勢に入ってきて五人がかりでKENに襲いかかった。さすがのKENもぼかすかとパンチを喰らっている。

これはやばいぞとマッキーと鎌田もKENを加勢する。5対3の乱闘だ。体格のいいKENを擁しているとは言え、5対3ではなかなか厳しい状況。KENの顔は何発も喰らってボコボコになってしまっているが、186cmの身長から振り下ろされる重たいパンチを何発も喰らったハリーはKEN以上に重症だ。これは危険だと思ったのか、ハリー側のボスらしき人物が制止の声をあげた。

「もういいべ。先に手を出した俺らも悪かったけど、おまえらもこいつをここまでボコスコにしたんだから、お互いこれで手を引こうや。俺も表沙汰になったりしたらやばいし。それでいいべ」

表沙汰になったらやばいと言ったそのボスは見覚えのある顔だった。それは俳優のエージだ。このときのエージはまだ売り出し中で、主役は取れないものの、ちょっとしたテレビドラマには出ていて顔は割と知られていた。のちに有名なって昔のやんちゃぶりはたまに話題に上るようになったが、このときの乱闘が話題に上ることはない。もっともこういうことは日常茶飯事でわざわざ話題にするほどのことでもなかったのかもしれない。

「よっしゃ、それじゃこれでお互い恨みっこなしってことにしようぜ」
KENはそう言ってこの場をおさめた。相手が有名人だろうとなんだろうとKENたちにはどうでもいいことだった。

エージのチームは去っていき、KENたちも引き上げることにした。 ふと振り返ればボロ雑巾はまだベンチの上にあった。この乱闘にはまったく気付かずによだれを垂らして眠りこけている。いや、よだれと思ったそれはゲロだ。寝ゲロを垂らしながら眠りこけるボロ雑巾にはもうかまっちゃいられない。それ以上にボロボロになったKENとKENに加勢したふたりの友人はそれぞれ家路についたのだった。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・うー・・・寒い。
寒さで目が覚めた。

このベンチに腰掛けたことは覚えている。そのまま寝込んでしまったようだが、数時間前まではにぎやかな花見会場だったこの場所は、今はもう誰もいないがらんとした公園の一角に姿を戻していた。・・・・


こうしてぼくが気がついたときには辺りには誰もいなくて、ひとりポツンととり残されていたのでした。意識が飛んでいる間にそんな乱闘があったなんて知るよしもなくて、終電を逃したぼくはKENちゃんの家に泊めてもらおうかとさえ考えていたのですから。

帰り道にあるKENちゃんの家の前を通り過ぎたときに、すでに部屋の電気は消えていたから泊めてもらうのを遠慮したわけですが、そのとき部屋の中でKENちゃんはうんうん唸っていたに違いありません。もし泊めてくれなんてドアを叩いていたらどうなっていたでしょう?また違ったドラマが生まれていたかもしれません。

一日おいてスタジオで会ったKENちゃんは愉快そうでした。たいした男です。ぼくのせいでボコボコにされたと言ってもいいほどなのに、KENちゃんはそんなことでぼくを恨んだりはしない大人物です。それにひきかえ、KENちゃんに思いを寄せるイクちゃんのぼくに対する態度はその後あきらかに冷たくなりました。ふん、こわっぱめ。

数年後バンドは解散してしまいKENちゃんとの連絡も途絶えてしまいましたが、風の噂でKENちゃんとイクちゃんは結婚したと聞きました。

めでたしめでたし。



THE END

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