たまごが先か、にわとりが先か　(2001.08.29UP)

すこしまえに掲示板のほうにもちらっと書いたことがありますが、改めて書きましょう。たまごが先か、にわとりが先か、今となっては始まりがどちらかはわかりません。この喩えは適切じゃないかもしれませんけど、まあ聞いてください。

少年チャンピオンのコミックスで「鉄鍋(てつなべ)のジャン！」というのがあって、これは全27巻で、うちの店では\5,400で売っています。読んだ事はないので内容はわかりませんが、ちらちらと眺めたかんじでは、ひと昔前に流行った「包丁人味平」のような、熱血料理人の話のようです。もっとわかりやすいところでは少し路線がずれるかもしれませんが「美味しんぼ」のようなかんじかと思います。この全27巻完結コミックスをよく買ってくれる、あるひとりのお客さん人がいるのです。と、ここで「おや？」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。「この全27巻完結コミックスをよく買ってくれる、あるひとりのお客さん」とはどういうことだ？「買ってくれた」ではないかと。しかも「よく」とはなんぞやと。しかし本当によく買ってくれる、あるひとりのお客さんなのです。この同じ本を何度も何度も。

その人が初めて「鉄鍋のジャン！」を買いにきたのはいつのことだったかは憶えていません。ただ「鉄鍋のジャン！」を買っていったお客さんがいたことは憶えていました。それから何週間かたってからだと思います。その人が「これ売りたいんですけど」と「鉄鍋のジャン！」持ってきました。そのときはその人のことは気にとめていなかったので、『このまえ売れたばっかりなのにまた入ってきたな、ラッキーラッキー。』と思っていました。

それからまた数週間が過ぎた頃です。その人が来て「これください」と「鉄鍋のジャン！」を買ったのです。「あれ？この人この前これを売りにきた人じゃなかったかな？」と初めてそこで意識が働きました。しかし、おや？と思いながらもこっちの勘違いだろうなと思い、特にそれ以上考えることなくレジを打ちました。

ところがそれからまた数週間が過ぎた頃、「これ売りたいんですけど」といってその人が「鉄鍋のジャン！」を持ってきたのです。さすがにこの時は『あ、これはこないだ買ってった本だ』と気がつきました。ただ、読み終わってすぐに売りに来る人がいるのは珍しいことではないので「これはこないだ買ってくれたばかりの本ですね。それじゃあ、ちょっと高く買いますよ」と言って通常の2割増くらいの値段で買い取りました。ということはやっぱりこのまえ売りにきたのもこの人だったのかなという思いがよぎりましたが、まさかなと思いあまり深く考えなかったのです。

ところがところがです。またまた数週間が過ぎた頃その人がやってきて「鉄鍋のジャン！」を買ったのです。少し恐ろしささえ感じましたが、何か深いわけがあってのことかと思い、少し気の毒な気もして「あれ？たしかこのあいだこれを売りにきてくれた方ですよね。それじゃあ、半額でいいですよ」と言って半額で売ってあげました。このときになって初めて、やはりこの人が売っては買戻し、売っては買戻しを繰り返していたんだと確信しました。しかし先にも言ったように、きっと何か深いわけでもあるのだろうと思っていました。自分で売ったことはわかっているようなのでけっして何かの障害があって極度の健忘症というわけではなさそうです。

しかしこれで終わらなかったのです。その後もまた売っては買戻し、売っては買戻しを繰り返しているのです。さすがにもう通常より高く買取りしてあげたり、値引きして売ってあげたりするのはやめましたが、こちらで把握しているだけでも5回くらい売り買いを繰り返しています。そしていま店内には、その人が数週間前に売りにきた「鉄鍋のジャン！全27巻セット」が並べられています。このあいだ来店した時には「鉄鍋のジャン！」の陳列してある場所をチェックしている様子でした。近々また買いにくるのではないかとちょっとドキドキしています。うちにしてみればめったにないうまい話なのですが、やはり、よくわからない行動には少し恐怖をおぼえます。

その人の名誉の為に言っておくと、その行為以外は、いたって普通の人です。普段も、うちの店によく買いにきてくれて、普通に買取りの本も持ってきてくれます。料理がすきなのか、そっち方面の道をめざしているのか、売りにくる本は料理関係の漫画や書籍がほとんどです。ただ理解できないのは「鉄鍋のジャン！」に対する行為だけです。この売り買いは「売り」が先だったのか、「買い」が先だったのかが今となっては思い出せません。これが「たまごが先か、にわとりが先か」ということなのですが、やはり喩えがちょっと違いますか？


THE END