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店長裏話
天使の涙 (2002.8.18 UP)

昨日は小さい子供が本をもってっちゃってショックだったよ。いくつかな?聞かなかったけどまだ5,6歳じゃないのかな。兄弟だったんけど、兄ちゃんも小学1年か2年くらいだろう。

   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

はじめは気がつかなかった。
小さい子供が二人だけで店に入ってきたけれど、ま、見てるだけだろうから放っておこうと思って気にしていなかった。しばらくすると出て行って、30分くらいしたら今度はさっきの子供のうち一人だけがまた入ってきた。出たり入ったりされちゃかなわんから注意しようかと思いつつも、まいいかと思ってそのまま放っておいた。そうこうしているうちにその子は本を持ったまま外に出て行っちゃって、あれれれれって感じで追いかけた。

「ちょっとちょっと、黙って持ってっちゃだめだよ」と引き止めると、なんとそれとは別にもう一冊持っている。それはもう袋から出してあって読んでる途中という感じの本。でも明らかにうちの本。
「あれ?これはうちの本じゃないの?」
「うん」
「さっき二人で入ってきたときに持ってったんじゃないの?」
「うん、さっきお兄ちゃんが盗んだの」
「だめじゃない」
「うん、だけどぼく、まだ読んでないの」

なんだか自分のやってることを理解できていない様子。
これは困ったな。親は何やっとんねん!

本はとりあげて、
「きみのうちはどこ?」
「あっち」
「ここのマンションの子?」
「ううん、ちがう。あっちのほう」
「電話番号は言える?」
「んー、わかんない。 ねえ、ぼくまだぜんぶみてないんだ。みたいなその本」

こりゃまいったね。
「これはちゃんとお金払わないと見られないんだよ」
「おにいちゃんが、おにいちゃんが盗んだんだけど、ぼくはまだみてないんだ」

さっきから盗ったのは兄ちゃんだということを強調しようとしている。だいたい「盗む」という言葉を知っているということはそれが悪いことという認識はちゃんとあるようにも思える。

「うちはすぐ近くなんでしょ。じゃあきみのうちまで連れってってくれる?」
「……うん、でもドア閉まってるよ。うんとね、ピンポン押しても誰も出ないよ」

これはいったいどうしたもんだろう。
ドアが閉まってるよと答えたときの戸惑ったような感じは、家に来られちゃまずいぞということを意識しているふうな感じもある。「ピンポン押しても誰も出ないよ」なんて、いかにも子供が言いそうな嘘のようにも聞こえる。よくわかっていないふうでもじつは悪いことをしたとわかっているのか?

きみのうちまで連れてってくれる?とは言ったものの、そのときちょうど店にはぼく一人だったからわざわざ店を閉めてまでいくのもどうかなとためらわれた。

「名前はなんていうの?」
「ノグチジロウ。おにいちゃんはノグチタロウ」(仮名)
聞いてもいないのに兄ちゃんの名前まで答えている。悪いのは兄ちゃんだということを主張したいのか。

「それじゃあね、今から手紙を書くから、これを持って帰ってうちの人に渡すんだよ」
「うん。この本はみていいの?」
「この手紙をちゃんと渡せば見られるよ」
「なんて書くの?盗みましたって書くの?」
やはりあどけないふうでいてもどこかに罪の意識はあるようだ。
「こんなことがありましたから注意してくださいって書くんだよ」

『こうこうこういうことですけど、罪の意識はないようなのでいけないことだと教えてあげてください』のように書いて、こちらの電話番号も書き添えてそれを茶色い封筒に入れてその子に渡した。

「うちは近いんでしょ。すぐに渡してきて。誰もいなかったら机の上に置いておけばいいからね」
「わたさなかったらどうなるの?」
「え、たいへんなことになるよ。もう本みられなくなるよ」
「途中で落っことしたらどうなるの?」
「落とさないようにしっかり持ってって」

どうやらあどけなさを装いながらもこちらの反応をうかがっているようだ。
子供とはいえあなどれんなと思いながら、
「さ、はやく持って行って。すぐだよ」と追い立てた。

封筒を持ったジロウくんはこちらを振り返りながら歩き始めたが、さっき「うちはあっちだよ」と指差した方向とは逆の方へ歩いていこうとする。
「おいおい、きみんちはあっちの方じゃないの?」
「うん、おにいちゃんのとこいかなきゃ」
「それはあとでいいから先にそれをうちにおいてきて。すぐ近くなんでしょ」
「うん、でも・・・」
「いいから、さ、さ、早く持ってってよ」

ようやくしぶしぶ自分の家の方へと歩いていったようだが、はたしてちゃんと渡すだろうか。途中で捨てたりはしないだろうか。いやいや、まだ小さな子供なんだし大人に言われたとおりちゃんと渡すだろう。渡さなかったら、ま、その時はしょうがない。

それから30分ほどたった頃、
トゥルルルルルルル〜、トゥルルルルルルル〜

お、さっそく電話だ。ちゃんと渡したんだな。
「はい、ブックでござ〜るです」
「あ、あのー、写真集の在庫確認お願いします」

ガクッ、
それはお客さんからの問い合わせの電話だった。

やはり手紙はちゃんと渡していないのか。それともジロウくんの言っていたとおり家の人は留守なのか。ヤキモキした時間は流れていき、それから2時間ほどたった頃、

トゥルルルルルルル〜、トゥルルルルルルル〜

お、こんどこそ!
「はい、ブックでござ〜るです」
「・・・・・・・」
無言だ。
「もしもーし」
「あ、すいません、まちがえました」

なんと、こんなグッドタイミングで間違い電話がかかるとは!(ノンフィクション)

時間はどんどん過ぎていく。
やっぱり手紙は渡してないんだな。

やるせない気持ちであきらめかけていた頃、わやわやと子供たち4人がお父さんらしき人と一緒に店に入ってくるのが見えた。ジロウくんの姿もある。子供たちのうち二人は例の兄弟で、あとの二人は友達のようだ。彼らはレジのところまでやってきた。お父さんらしき人は何度かうちにも買い物に来てくれたことのある人で見覚えがある。見た目はまるでヤクザのようだが見た目だけでは判断できない。

先に友達の一人が何か一生懸命に話しはじめたが何を言っているのかよくわからない。何かを訴えているふうではあったけれど、「ねえ、きみはちょっと黙ってって」とその子を制した。

お父さんらしき人の顔を見ると、すまなそうにしているかと思ったらなにか言いたそうな、おそろしい顔をしている。ぼくはお父さんの予想外な登場の仕方にちょっと戸惑いながらも「どうも」と軽く会釈をした。

「なんだか、盗ったとか盗らないとかって話なんだけど」
開口一番あやまるのかと思えば何か高圧的な態度だ。いったいどういう親だ?といぶかしく思いながらも、
「あ、はい。これなんですけどね」
そう言って現物を見せながらそのときの状況を詳しく説明した。

説明を聞いて状況がわかってきたという感じで、ジロウくんに向かって
「おまえ、盗ったのか」
「え、おにいちゃんが・・・」
「本屋さんはおまえが盗ったって言ってるぞ、え?」
「あ、最初はおにいちゃんが持ってったみたいなんですよね。そのときは気がつかなくて、そのあとこの子が一人できたときにまた持ってっちゃて、それでちょっとちょっとってなったんです」

すると今度はおにいちゃんのタロウくんに向かって
「おまえも盗ったのか」
「・・・・・・・・・・」
「タロウのあとにジロウも盗ったんだろ!」
ピチン!
ジロウくんのおでこにデコパッチンが飛んだ。

うぇえええん
「さきにおにいちゃんが〜」
「先もあともない!おまえもとったんだろ!うそばっかりついてんなよ!」
うぇえええん

「ま、別に悪気があったわけではないようですし・・・」
こっちが逆にとりなす。

そのうちさっきの友達がまたわめき始めた。
「あのね、ふくろ、ふくろ破って捨てたんだよ。ふくろ、名前の書いたふくろ」
うるさい子だな、君は関係ないだろと思いつつも、
「え?ふくろって、この本のビニールを破って捨てたってことでしょ」
「ちがうよ、ちがうよ、それじゃなくて茶色のふくろ、ジロウくんが持ってたやつ。それをタロウくんが破って捨てたの」
「ああ、ふくろって封筒のことか。あの手紙を捨てたの」
「そうそう、タロウくんが破って捨てたの」
「そうそう、ぼくもみてた、すてたすてた」
もう一人の友達まで興奮し始めている。

そうか、彼はさっきからこのことを告げ口したかったのか。
いやー、子供は残酷だな。友達が怒られるとこをみたいんだな。
なんだか嫌な気分になりながらもその密告によって手紙は捨てられていたことを知った。

ぼくはお父さんに向かって、
「さっきこの子に手紙を持たせたんですよ、電話番号も言えなかったもんで。だけど、今こうしてみえられてるってことは、その手紙を御覧になったってことですよね?」
「いや、なんだかこいつらが盗ったとか盗らないとかって言い合ってたもんだからもしやと気がついてここに確かめに来たんですよ」

なるほど、これで最初のお父さんの高圧的な態度の原因わかった。ぼくの手紙を見てここにきたわけではなかったのか。なんだ、子供の言動からこのことを察するとはなかなか立派なお父さんじゃないか。先ほどまでのいぶかしい気持ちはどこへやら、見た目はヤクザ風のお父さんをすっかり見直したのだった。

「こら!本屋さんにちゃんとあやまれ!」
「うぇえええん、ごめんなさ〜い。うぇえええん」
「はい、もうあんなことしちゃだめだよ」
「うぇえええん、ごめんなさ〜い。うぇえええん」
二人とも泣き出してしまった。

「お父さんのほうからも悪い事だって教えてあげてもらえればそれでいいですから」
「すみません。きつく叱っておきます。また買いに来ますんで、すいません」



〜〜〜〜といったことがありました。〜〜〜〜

ショックだったのは、あどけない子供であっても、手紙を捨てたり、嘘をついたりと悪知恵をはたらかせるんだなということを目の当たりにしたこと。そして子供は大人へ告げ口をしたがるんだなということも。

なんともやりきれない事件だった。
ただ、最後に見せた彼らの偽りのない(?)涙がすべてを洗い流したと信じたい。


THE END

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