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見逃せないよ!よもやま話
大瀧詠一との出会い (2001.10.08UP)

大瀧詠一の名盤『A LONG VACATION』が発売されたのが1981年で、そのレコード(もちろん当時はまだCDはなかった)の存在をどこで知ったのかは憶えてはいなが、とにかくそれを買うために家から2キロほど離れたところにある長崎屋のレコード売場へ行った。

大瀧詠一のレコードが納められている棚をパタパタめくってみると、例のトロピカルなジャケットの『A LONG VACATION』が3枚ほど入っていた。「お、これこれ」と思いながら、ほかにどんなのがあるのだろうとさらにみてみると、その中にちょっと変わったレコードが混じっていた。

透明のビニールジャケットで、そのジャケットに真空パックされたようなかたちでぴったりとレコード盤が納められていて、そのレコード盤も透明で向こう側が透けて見える。そしてビニールジャケットの真ん中よりも少しうえの方に10cm四方くらいのステッカーが1枚ペタンと貼り付けられていた。そのステッカーには『A LONG VACATION』のトロピカルなイラストが小さく印刷されていてタイトルらしき部分には『SING ALONG VACATION』と小さく書かれていた。

「これはなんだ?」見慣れないデザインのレコードに少し戸惑いながらもよくみてみると、収録曲は『A LONG VACATION』のそれとまったく同じなのだ。いや、『A LONG VACATION』のB面ラストに入っている『さらばシベリア鉄道』だけは入っていない。それ以外はまったく同じ曲順で入っている。「これはロングバケーションと同じものなんだろうか?」その頃情報の少なかった高校1年生のぼくにはよく判断ができなかった。

値段を見てみると、当時LPレコードはたしか\2,500だったと思うが『A LONG VACATION』も同じく\2,500だった。しかしその『SING ALONG VACATION』と書かれた変なレコードは\2,200だったのである。これは『A LONG VACATION』より1曲少ないから300円安いんだろう。そして安い分こんなに安っぽいレコードジャケットなんだろう。これはきっと『A LONG VACATION』のお買い得盤にちがいない。という結論に至った。

ここでハタと迷った。はじめの目的どおり普通の『A LONG VACATION』を買うべきか、1曲少ないけど\2,200この変なほうを買うべきか。両方を見比べながらずいぶんと迷っていたが16歳のぼくにとって300円の違いは大きかった。「よし、こっちでいいや」その変なレコードをレジまで持っていったところからぼくと大瀧詠一との付き合いが始まった。

何も知らないとは恐ろしい。これがのちに幻のレコードとなろうとはその時、当然のことながら思いもしないし、大瀧詠一という人がそんなに大物だということもまったく知らなかった。何よりもようやく大瀧詠一のレコードを手に入れたことが嬉しくてうきうきしながら家に帰ってきてレコードに針を落としたのである。

「なんだこりゃ〜」
しゅうぅぅぅ〜。うきうき気分が音をたててしぼんでいった。期待していた大瀧詠一の歌声が聴こえてこないのである。♪くぅちびるぅツンととがらぁせぇてぇ〜♪が入っていないのだ。そう、それは全曲演奏だけのインストゥルメンタルレコードだったのである。ジャケットのステッカーのところにもインストゥルメンタルとちゃんと書いてある。しかし当時そんな言葉は知らなかったから気付きもしなかった。

ガックリと落ち込んで、これを何とか返品できないものかとも思ったが、ジャケットに貼られていたステッカーはちょうどレコードの取り出し口に封をするように貼られていたため、それをはがしてしまった今となっては取り返しがつかない。それでも返品しようなどという図太い神経は持ち合わせていなかった。泣く泣くあきらめて、これも結構いいじゃないかと無理やり自分を納得させて、それから1ヶ月のあいだ毎日聴きつづけたが、翌月のお小遣いで普通の『A LONG VACATION』を買ってくると、もうその変なレコードをほとんど手にとることはなかった。

『A LONG VACATION』から始まって(正確には『SING ALONG VACATION』から始まったわけだが)次に『ナイアガラ・ムーン』へとコマを進めていった。『A LONG VACATION』から入った大瀧ファンは誰でも感じることになるのだが『ナイアガラ・ムーン』を初めて聴いたときは、またまた「なんだこりゃ〜」だった。『A LONG VACATION』のメロディアス&ゴージャス路線とは正反対のおふざけ&チープ路線だったからである。(これは第一印象。もちろんふざけているわけでもなくチープでもない。奥が深くてナイアガラファンの間でも屈指の名盤。ぼくも大好き)しかしここでめげずにまたしても、これも結構いいじゃないかと無理やり自分を納得させて聴き込むうちにだんだんとナイアガラサウンドにはまっていった。

それはさておき、変なレコード『SING ALONG VACATION』を棚の隅に追いやってから3年ほどたった頃、FMステーションという雑誌の売ります買いますコーナーをみていた時のことだ。その頃はまだインターネットなどというものは存在していなかったので(一部専門家の間では存在していたのかも。)個人売買の手段はバザーや雑誌の「売ります買いますコーナー」が主流だった。その「買います」のところに「大瀧詠一の『SING ALONG VACATION』8000円でお願いします」という記事が出ていた。

その頃はもう高校3年生になっていたが収入は親からのわずかなお小遣いのみだったので8000円はかなりの高額だ。よくみてみると『SING ALONG VACATION』を求めている記事はたくさんのっている。「へぇ〜、これはそんなに珍しいものなのか」と思ったものの、まだマニアチックに大瀧ファンではなかったぼくは迷わず8000円でこれを求めている人のもとへ葉書を出した。

しばらくしてその返事がきた。ぜひ譲ってくださいとのことで、まもなく現金書留で8000円が送られてきた。3年前『SING ALONG VACATION』買ったときに、「間違えて買って損をした」と悔しがっていたのが、こうして今4倍近くの値段で売れたことでその時はホクホク気分に浸っていた。しかしそれを売ってしまったことが大失敗だったとはあとになって感じたことである。

それから何年もの月日が流れてレコードはCDへとかわった。過去の名盤も次々とCD化されて大瀧詠一のレコードも大瀧氏らしくボーナストラックを目一杯に詰め込んでどんどんと再発された。ファンにとっては嬉しい限りである。ところがあの『SING ALONG VACATION』はいつまでたっても再発されないのである。まさに幻のレコードとなってしまった。あのとき手放さなければ今頃はネットオークションでも超お宝級の代物になっていたことだろう。今でも持っているくらいなら今後も手放すことはないだろうが。

それがあれから約20年たってようやく『SING ALONG VACATION』がCDとして世の中に再び出てきたのだ。『A LONG VACATION』のボーナストラックとしてつい数ヶ月前に発売された。18歳の頃『SING ALONG VACATION』と別れてから十数年ぶりの再会だ。それを聴くと16歳の当時『A LONG VACATION』と間違えて買ってきて悔しさをかみしめながら聴いていた自分の姿がよみがえった。音楽は時間を超越しているからすばらしい。音のタイムカプセルだ。

ひとしきり聴き終わったら、やはりまたCDラックの隅に追いやったままになっている。まあ、そんなもんだよね。


THE END


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