ヤスジのかるい思い出話(ヤスカル話) HOME
第五話 ライブは生もの、だからライブって言うんだよねっ ヤスカル話目次

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第一回 (2004.1.21 UP)

「本日はよろしくお願いします。それではセッティングの最終確認をさせて下さい」
ライブハウスの若い男性スタッフが楽屋へやってきて最終的な細かい打合せが始まった。 ああ、懐かしいなこの雰囲気。ぼくは6年ぶりのライブハウスの雰囲気を懐かしくうれしく感じながら最終確認の打合せをしていた。

「それではお待たせしました。リハーサルを始めますのでお願いします」
しばらくして先ほどのスタッフがリハーサルひとつ目のバンド「ユニバース」に声をかける。 ほぼこちらで組んだタイムテーブルどおりの進行。

タイコの音を一つ一つ作っていき、ベース、ギター、ボーカルとそれぞれ音のチェックが済むと、
「では、曲でやってみてください」
PA(音響)担当は若い女性スタッフだ。

曲が始まった。各楽器のバランスを取りながらPAスピーカーから大きな音が出てくる。バランスはどうだ?うーん、他の音にボーカルが埋もれてしまって全然歌が聞き取れないぞ。これから調整していくのかな?

そうこうしているうちにその曲は終わりステージ内のモニターの具合の確認。 ギター&ボーカルの恋坊さんが注文を出している。

「すいません、自分の声をもっと返してほしいんですけど」
「あーっ、もうかなり限界なんですよね、もうあとちょっとしか返せないんです。なんとかハウらない程度ギリギリまでやってみますんで」
とPA担当のP子ちゃん。

どうやらステージ上でもボーカルが聞こえにくいようだ。 やや不安を感じながら、次にリハーサルを控えたぼくは楽屋で準備を始める。

さてユニバースのリハーサルも終了し、次はぼくたち「桃色天狗」の番だ。 楽屋で聞いていた限りではボーカルのバランスもよくなっていたようでひと安心。ぼくたちも先ほどと同じようにドラムから音をチェックしていく。次にベースのイッシーが音を出し、リードギターオンチャンのチェックが終わって次はぼくのギターだ。

「ではもうひとりのギターさん、音ください」
「はい」
♪グーゴーグーゴーギャンギャンギャン
「はい、OKです。他に音色はありますか」
「はい、あとクリアな音が」
♪ ピロンピロンピロロンコリン

ぼくのギタースタイルはギターとアンプをケーブル1本で繋げただけの、いたってシンプルなものだ。色々な効果音を作り出すエフェクターと呼ばれるものを途中にかませたりはしない。音は基本的にギターアンプで歪ませた腰の強い音と、歪ませないで出したクリアな音の2種類しかない。この歪み具合はギターのボリュームコントロールで調節する。ギターのボリュームがフルの時に目一杯歪むようにアンプをセッテイングしておけば、ギターのボリュームを下げるとアンプへの入力も下がって自ずと音は歪まなくなるという寸法だ。その他はギターのトーンコントロールつまみを調節してウーマントーンと呼ばれるこもったようなマイルドな音を使うくらい。

ところで、ギターのボリュームを絞ったなら音が歪まなくなるのはいいけれど、出てくる音量も落ちるのではないのか?と思われるだろうが、そこは心配無用。クリアな音を使うような曲だから多少ボリュームが落ちたってまったく支障がないわけだ。しかも実際は音がクリアになると逆に音は際立って、聞いてる方には歪んでいるときよりも聞き取りやすくなるくらいだ。 と、解説はこのくらいにして、話しをリハーサルのステージに戻そう。

ピロンピロンピロロンコリンと歪みのない音を披露するとPAの彼女がコメントした。

「音をクリアにすると大分音量が落ちてるんですけど、そちらで上げることはできますか?」
「うーん、ちょっとできないです」

なんだなんだ、今までずっとこのスタイルでやってきてこんなこと言われたのは初めてだぞ。しかも全然よく聞こえてるやんけ。そうか、P子ちゃんはミキサーの入力目盛りを見て言ってるんだな。音を目でしか見てないんだ、ちゃんと耳で聞いてくれよオイオイ、と思いながらもやさしく

「もし外音が小さかったらそっちでいい感じで大きくしてください。中は大丈夫ですから」
「・・・はあ、わかりました。もしそっちで聞きにくいようでしたらアンプで上げて下さい」
「あ、はいはい」(こっちは大丈夫って言ってるやんけ!<ヤスジ心の叫び)

彼女はイマイチ納得していない様子。自分の思い通りにならないことに不満を抱いている様子だ。

「じゃあ、曲でやってみてください」
「では、5曲目の三日目の天使ってやつをやってみます」
これはアップテンポのやかましい曲だ。全体のバランスをチェックするのには調度いいだろう。

曲が始まった。
うん、ぼくの位置では楽器のバランスはいい感じ。とくに問題なしだな。だけど自分の歌っている声がよく聞こえないぞ。ほとんどモニタースピーカーからは聞こえてきていない感じだ。外のスピーカーから出ている音がかろうじて聞こえていると言った感じ。

ぼくは歌に乗せてPAへリクエストを出した。
♪じぶんのー、声をー、もっとー、返してくださいー、もっとー、もっとー♪
これが通じているのか通じていないのか、一向にボーカルの返りはよくならない。
ま、いいや、あとで言おう。

曲は進み間奏のパートになった。ここはリードギターオンチャンの独壇場だ。ワンコードのバッキングで気が済むまでアドリブを弾きまくる。この間に外音のバランスを聴いてみようと思い、ぼくはギターを弾きながら客席の方へ降りて聴いてみた。
♪キュイーンキュイーン
オンチャンは気持ちよさそうに弾いている。
♪ ガガガガガガ
しかしぼくのきざむギターの音はやけに小さい。いくらギターソロパートとはいえ、これじゃあバランスが悪すぎるんじゃないか?不満を感じながらまたステージへ戻って後半部分を歌い、曲が終わった。

「モニターの具合はどうですか?なにかあれば・・」とP子ちゃん。
「はい、じゃあ、まずぼくから。えーっと、自分の声をもっと返してください」
「えー、もうかなり限界なんですよね、もうあとちょっとしか返せないんです」
なんだよ、さっきと同じこと言ってら。
「じゃあ、あとちょっとだけ返してください」
ちょっとだけとか言ってるくらいなら目一杯返せよな、と内心ややイライラ。

「それと外音なんですけど、ぼくのギターの音がちょっと小さいような気がしたんですけど・・」
「あー、さっき客席に降りてきた時ですか?あの時ボーカルさんのギターはPAスピーカーから出してなかったんです」
「ガクッ・・・、あ、そうですか。じゃ、ま、いい感じで出しといてください」

なんで出してねーんだよっ、意味ねーじゃんボケッ!いやがらせか? とイライラはつのるばかり。だけど他のバンドさんに迷惑をかけてもいけないのでぐっとこらえてほがらかほがらかで続行。

ドラムのじゅげむとベースのイッシーもそれぞれモニターへのリクエストを出し、オンチャンはとくに問題なしとのことで次の曲へ。もう一曲うるさめの曲で試してみようと言うことで、
「では、2曲目の水平線から白い雲ってのをやります」

この曲はさっきの三日目の天使と比べるとメロディの起伏が激しいので、あまりリキまないように意識して歌っている。そのせいかどうか、モニターからのボーカルの返りはさっきよりも聞こえない。モコモコとした声がかろうじて聞き取れる感じ。うーんやりにくいな。曲が終わって、

「すみません、もっとボーカル返してもらうことはできませんか、さっきよりも聞こえないんですけど」
「あー、もうハウるギリギリなんですよね」

なんだよなんだよ、それをいかにハウらせずに返してなんぼの仕事ちゃうんかいっ、と思いつつも、ほかのバンドさんに迷惑をかけてもなんなので冷静に、

「それじゃあ、もう少し硬めで返してください」
「えー、硬めで・・・、それもできるんですけど、中域とかカットしちゃうともっと聞こえにくくなっちゃうんですよね。今ボーカルマイクにドラムの音がかなり被ってきちゃってて・・、これ以上はちょっと・・・、あとは、もっと大きな声で歌ってもらうことくらいしかないですね」

カッチーン
ワレなめとんか、なんでおまえに歌い方まで指図されなあかんねん。イヤミ言ってる暇あったらしっかり仕事しろやボケカス!とは思ったものの、ほかのバンドさんに・・・・というわけで苦笑しながら

「あーわかりました。じゃ、いい感じで目一杯返しといてください。それじゃ、もう一曲やらしてください」
「え、あ、はい、じゃ、ワンフレーズくらいでお願いします」
仕切るP子ちゃん。

「静かめの曲も試しておこうよ、うん、ヒースクリフやろう、間奏の前くらいまでね」
とメンバーと言葉を交わし、
「では3曲目の Mr.Heath Cliff やります」
「短めで!」
とことん仕切るP子。

この曲はぼくがギターをアルペジオで弾きながら静かに始まる曲だ。 (ちなみにアルペジオとはチロチロチロと弦を奏でる・・・うーん、言葉で説明するのは難しいな、例えばビートルズの「イエスタディ」のようなギターの弾き方といえば伝わるかな?)

そうやってミスターヒースクリフを歌い始めたのだが、それでもやっぱり自分の声はよく聞こえない。ギター一本で歌っているのに自分の声が聞こえないなんて、これはやはり声量だけの問題じゃないだろう。ここでハッと気がついた。そうだ、立ち位置の問題かもしれない、ここだとモニタースピーカーがこっちに向いてないもんな。そこで、マイクスタンドを持ってスピーカーが直線的に見える位置まで後ろに下がってみると、おお、聞こえる聞こえる、やはりそうだったか。

モニタースピーカーは指向性が強いからちょっとずれただけでも聞こえなくなるのだ。こんなこと先にそっちで気付けよな、そう言えば前にライブをやってたときのスタッフは立ち位置に合わせてちゃんとモニタースピーカーの向きも調節してくれてたっけ。なんてこったい!とは思ったものの、ほかのバンドさんに・・・と冷静なぼくは、

「はい、わかりました。立ち位置の問題でした。それじゃ、本番よろしくお願いしまーす」
波風を立てないように、大人のリハーサルを終えたのだった。


さてこのあと、ぼくが出演するもうひとつのバンド(ユニット)、「名無しの権兵衛」のリハーサルが始まったわけですが、ここでも3カチンくらいのカチンがありました。それは・・・、おっと、ちょうど時間となりました。続きは第2回でお送りいたします。どうぞお楽しみに!



第2回 (2004.2.19UP)

さて桃色天狗のリハーサルが終わって、お次は若さみなぎる3人バンド "ポピュレーション"のリハーサル、そしてその次が渋さみなぎる熟年?バンド "Dawara Electric Super Band"のリハーサルと続き、最後に、ぼくが出演するもうひとつのユニット "名無しの権兵衛"のリハーサルの番になった。

これは大勘場釣人(タイカンバツリト)とぼく(このユニットでの芸名は"へめへめくつも")とでやっている二人だけのユニットで、釣人氏のピアノとぼくのアコギ(アコースティックギターのこと)からなるアコースティックユニットだ。

ステージにはライブハウスの機材であるローランドのデジタルピアノがセットされ、その隣にはぼくが座る座高の高いイスとボーカル用マイクが用意された。ぼくは愛器のマーチン(安くないフォークギター)にディーンマークレイのピックアップ(これまた安くないギター用マイク)をセットしてイスに腰掛けた。

弘法筆を選ばずと言う言葉があるが、凡人は筆を選んだ方がちょっとはましになったりする場合もある。ぼくはかつて3年ほどソロの弾き語りスタイルで割と精力的に活動していたことがあって、その頃にいいギターがどうしても欲しくなって奮発して買ったのがこのマーチンだ。

= = = = = = = =
話は少し脱線しますがこのギターを買ったときの様子をお話しましょう。

ぼくはいいギターを買うために、封筒に詰めた大金(?)をポケットに入れ、妻と一緒に新宿の楽器店へ行きました。いいギターと言っても具体的に何を買うかはまだ決めていませんでしたが、ギブソン、フェンダー、オベーション、マーチン、この有名な4メーカーのうちのどれかにしようとは思っていました。

初めに入ったA楽器店にはギブソンのJ-180があったので試奏させてもらいました。大きなボディが特長でジャンガジャンガ大きな音が出ます。ギブソンのアコギはジョンレノンも使っていたということもあってかけっこう人気があります。うーん、悪くないな。ちょっと他のギターも弾かせてもらおう。

次にオベーションのギターを試奏させてもらいました。型番は忘れましたがこれもわりと高価なものでした。しかしこれはちょっと弾いただけでぼくの好みではないことがすぐにわかりました。生音が響かないのです。オベーションはエレアコ(エレクトリックアコースティックギター・・・あらためて書くとなんだか変な言葉) がメインのメーカーなので、ギターにコードをつなげてスピーカーから音が出た時に最高の音になるよう設計されている為ではないかと思いますが、違うかもしれません。とにかくぼく好みではなかったのでオベーションの選択肢は消えました。

どうしようか、買うつもりで来たとはいえ、あれもこれもと試奏させてもらうのも気が引けます。ギブソンにだいぶ心は傾いていましたが高いものなので「じゃ、これ」とすんなり買う決断もつきません。「ちょっと他の店も覗いてきます」そう店員に告げA楽器店をあとにしました。いやな冷やかし客と思われたに違いありません。

A楽器店から300メートルほど離れたところにB楽器店はあります。さっそく高価なアコギが陳列してあるコーナーへ行くと壁の高いところにマーチンのD-28が掛けられていました。けっこう割引された値札がついています。ぼくは店員に試奏させてくれと頼みました。「へい、よろこんで!」とは言いませんでしたが、店員はいそいそとチューニングを整えてぼくにD-28を手渡してくれました。

ジャラ〜ン。ぼくはCのコードを鳴らしました。
その次の瞬間、ぼくはハッとして思わず妻の顔を見ると、ハッとした顔の妻と目が合いました。その音は体を包み込むように心地良く響いたのです。楽器のことにはまったく疎い妻さえもハッとせるほどだったのです。

「おお、やっぱりいいものはちがうな」
「いい音ねえ」

ぼくはすっかり気に入ってしまいました。店員もうれしそうに言葉をはさみます。「マーチンは鳴りがいいですからねえ」 ぼくの中で、買うのはマーチンと決まりました。フェンダーはまだ弾いていませんでしたが、フェンダーのエレキには名器が多いもののアコギでフェンダーの名はあまり聞きませんから、とっくにその選択肢は消えていました。

こうなるとあとはマーチンの弾き比べです。D-28の隣には上位機種のD-41が並んで掛けられていましたが、これはかなり予算オーバーなので試奏するまでもなく却下です。D-28より下位のものを試してみてどうかということになります。そこで、どのくらいに位置するものなのかはわかりませんが、D-28よりも数万円安いものを試奏してみました。するとやはり明らかに違います。先ほどのような響きはありません。こうなるともはやD-28以外は考えられなくなりました。

よしこれにしよう。だけどできるだけ安く買いたいものだ。
「これを買おうかと思ってるんですけど、あとどのくらい引いてもらえますかね」
「え、現金ですか、クレジット?」
「現金です、現金」
「うーん、これ見ていただいてもわかるようにここまで値引きしてますから、あとはまあ、消費税の分をおまけするのが背一杯です」
そうか・・・もうちょいなんとかならないものかな?
「そうですか・・・、それじゃあ、とりあえずほかの店も見てきます。それでいいのがなければこれ買いに戻ってきますから」

これでもうちょい考えてくれるかと思ったら 「わかりました。またいらしてくれることを祈ってます」 とあっさりしたもの。ここでもいやな冷やかし客と思われたかな?

とにかくB楽器店ではこの値段とわかったので、A楽器店に同じものがあれば交渉してみようということでまたA楽器店へ戻りました。ところが残念なことにA楽器店にはD-28がありませんでした。A楽器店に対しては本当に冷やかしみたいになってしまいましたが、D-28が欲しいんだということを告げB楽器店へ戻りそのマーチンD-28を購入したのでした。

それと同時にディーンマークレイのピックアップも購入しました。せっかくのギターに安物のピックアップをつけてもしょうがないのでこれも奮発しました。ピックアップくらいおまけで付けてくれるかと軽い期待を持ちましたが、付けてくれたのは平凡なギター弦を3セットとギターを拭くためのクロスだけでした。

= = = = = = = =

話がすっかりお買い物の思い出話となってしまいました。
では話はリハーサルのステージへと戻ります。

・・・が、もう電車がきました。
続きはまた次回お送りいたします。
いたしまーしゅ。(たらちゃん風)



第3回 (2004.2.23UP)

大勘場釣人はピアノの前に座ると音色を確認しながら「悲しくて淋しくて」のフレーズを弾き始めた。それに合わせてぼくもギターを弾きながら歌い始める。まだPAのP子からは何も言われていなかったが、どうせアコギとピアノだけのなのだからこうやって適当に弾いているうちにいい具合に調整してくれるだろう。

ぼくがかつて他のライブハウスでひとりだけでやっていたときも同じようにリハーサルをやっていた。ぼくが勝手に歌い始めるとPAさんの方でも勝手にちゃんとやってくれていて、何かやりにくい部分があれば、こうしてくれああしてくれとリクエストするというやり方だ。そういう時は大抵とくにリクエストを出すこともなく、「いい感じです、じゃ、これでお願いします」と一発でOKだ。

このときもぼくはそういうつもりでやっていて、今のところステージ上ではとくに問題ないように感じられた。「悲しくて淋しくて」が終わると釣人は続いて「ありがとう」を弾き始める。何も言わないところをみると釣人の方もとくに問題ないのだろう。と、そこへP子が割って入った。

「じゃーいいですかー。サウンドチェックしますんで」

おいおい、今やってなかったんかい!おれたちゃ遊んでたわけじゃないぞ!まるで話の腰を折られたような不快感を感じながら演奏を中断してP子の指示に従う。

「ピアノいただけますか」
「これ、ノーマルとブライトと2種類音色があるんだけど、どっちいいですか」
釣人は客席での聞こえ方はどちらの方がいいのかと思いP子の意見を聞いた。
「どちらでも・・・、お好きなほうで(苦笑)」

なんともそっけない答え。いつも客席の音を聞いているPAならブライトの方が音のとおりがいいだとか、ノーマルでも問題ないですよとか、もう少し何かあってもいいようなものだが。釣人もややあきれた様子で
「それじゃあノーマルでいきますね」
あくまでソフトタッチだ。短気なぼくとは違い人間ができていらっしゃる。
釣人はポロンポロンとピアノを奏でる。
デジタルピアノはケーブルでミキサーに直結されているからとくに問題なしだ。

「ではギターの音ください」
ぼくはまた「悲しくて淋しくて」をジャンジャラジャンジャラと弾き始めた。P子は何か一生懸命にやっているようで、モニターからはギターの音が出たり消えたりしている。けっこう長いこと弾いているけれどP子からはなかなかOKが出ない。変に音を作らないでくれよ、そのまま拾ってくれればいいんだからさ、と思いながらそろそろいいかなと思って弾くのをやめると 「もう少し弾いててもらえます?」とピシャリ。

また弾き始めるとすぐにP子が口を挟んだ。
「音がかなり小さいんですけど・・・、そのギターにボリュームは付いてます?」

ふにゃら〜〜、力が抜ける。
どう見たってこのギターにゃボリュームなんて付いてないだろうが。

「いえ、付いてません」
だからこのディーンのピックアップを付けてるんだよ。本当はこんなピックアップなんて付けないで生音をマイクで拾って欲しいところだけど、それじゃあPAさんも大変だろうかと思ってさ。

この日のアコギのセッティングは、アコギの前に立てたマイクで拾う生音と同時に、ギターのセンターホールに取り付けたピックアップが拾う音をミックスして出してもらうようにしていた。ピックアップから入ってくる音は安定しているからPAの方でも扱いやすいが、ギターのボディが共鳴して出す音を拾うにはやはり外にマイクを立てた方がいい。しかしそうすると他の音を拾ってしまったりハウリングをおこしたりとなかなか難しい面もある。もちろんプロのPAはそういうことは難なくこなせると思うが、ここのPAじゃ苦労するだろうと思ってピックアップも併用したと言うわけだ。

だいいちギターの前に立てられたマイクもボーカル用のマイクだし・・・。ちゃんとしたライブハウスならそれ用の指向性マイクを立ててくれるものだが、これを見ただけでもその力量は容易に察することができた。

P子はイライラした様子でステージにいる男性スタッフへ指示を出した。
「真田!ちょっと接触見て!」(名前は仮名)
この男性スタッフはP子とあまり年の頃は変わらないと思うのだが、まだ新入りなのか、さっきからヘーコラヘーコラこき使われていような感じだ。

真田君はピックアップから延びたケーブルの先が刺さっているダイレクト・イン・ボックスという機材の差込口をこちょこちょといじってみたりしている。もちろん接触の問題じゃないことはわかっていたがぼくは黙っていた。
「元の部分も!」
ピックアップの根元の部分の接触も確かめろと言っているのだ。言われるがまま真田君はピックアップのあたりもこちょこちょいじくるが問題なし。

「異常に小さいんだけど」
P子のイライラしたような投げやりな言葉にはさすがにカチンとくる。 こいつは何を基準にものを言ってるんだ?異常に小さいって、電気楽器の入力と一緒に考えてるんじゃないんだろうな。ぼくのイライラもいい加減限界に近づいてきていた。

「しょうがないじゃん、生音だもん」
ついにボソッと言ってしまうとホール全体に一瞬緊張が走ったが、とりあえず何事もなかったかのようにことは進む。

「それ、さっきと同じピックアップだよね」
真田君に言っているのか、真田君に言う振りをしてぼくに言っているのか、P子は憎々しいことを言っている。さっきと言うのは、この前にリハーサルをやった"Dawara Electric Super Band"のことを言っているのだ。このバンドでもリーダーのダワラさんが弾き語りでやる曲があって、ダワラさんもぼくが貸してあげたこのピックアップを付けてやっていたのだが、その時と比べて音が小さいと言いたいようだ。

なるほど、ぼくはアコギを弾く時にはできるだけ薄いピックを使って弦をなでるように弾くから(曲にもよるが)、出てくる音は小さめかもしれない。しかしそれがぼくのやり方なのであって、それをとやかく言われる筋合いはないし、言われたところで改めるつもりもないし必要もない。ぼくはもう何も言わなかった。と言うより、あきれて言葉が出なかった。

それでもなんとかP子の方も準備ができたらしく
「では、曲でやってみてください」
「それじゃハレラマやろうか。スリーフォ、」
釣人の合図で「ハレラマ」の演奏が始まった。アップテンポの、ぼくと釣人が二人一緒に歌う曲だ。

モニタースピーカーからは自分たちの演奏がガンガン返ってきている。これはぼくにとってはとてもやりにくい状況だった。"桃色天狗"の時のように大きな音で演奏するならモニターもガンガンに返して欲しいが、アコースティクでの演奏でこんなに返されてはやりにくくてしょうがない。慣れの問題かもしれないが、モニターから聞こえてくる音が自分の音じゃないような感覚におちいる。さっきのなんにもいじってなかった時の方がだんぜんやりやすかった。

演奏を終えて早速注文を出す。
「モニターの音を全体にぐっと下げてください」
「あ、下げちゃっていいですか」
すると釣人は
「これ下げるとぼくの方も下がっちゃうの?」
「いえ、ギターさんとピアノさんは別々に返してますんで大丈夫です」
「じゃ、ぼくはこのままでいいです」
「ぼくの方は下げてください」

モニターの調節をしてもらってもう一曲「ありがとう」の演奏を始める。さっきよりは大分やりやすくなった。本当はもっと小さくてもいいな、別にモニターなんてなくてもいいんだけどな、と思いながらも、ま、こんなもんだろうということで「じゃ、本番よろしくお願いします」とP子に声をかけ、全バンドのリハーサルが終了した。

さてあとは開場するのを待つばかり。開場の時間までまだ30分くらいあったので、リハーサルを終えたぼくと釣人はそのままステージに残って練習を始めた。このライブ企画への出演が決まってからほとんどまともに二人揃っての練習をしていなかったので、学生がテストの前の悪あがきで参考書を開くかのように、本番前の悪あがきをしていた。それはまるでミニコンサートみたいになっていて、他のバンドの出演者が観客のようになっていた。

そして間もなく本番を迎えたのである。


おわり。


名無しの権兵衛のライブの模様はこちらに掲載されています。

桃色天狗のライブの模様はただいま工事中です。工事中と言うか、構想をねっているところ、と言うより保留中。そのうち時間があれば・・・


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